ムエタイで世界記録樹立

チャンピオンベルトを手にするラファエル・マトゥーデと蘇昱彰總舘長 ムエタイワールドチャンピオンシップのポスター

1998年12月中旬、私の愛弟子ラファエル・マトゥーデ(ベネズエラ)がバンコックで挙行されたムエタイワールドチャンピオンシップ(タイ国ワールドキックボクシングアソシエーション主催)に出場し、グランドチャンピオンの栄誉に輝いた。

彼は、前年までで、すでに4年連続世界チャンピオンになっており、98年優勝したことで、5年連続世界チャンピオンの世界新記録を樹立した。しかも彼が闘いに使用したのは、純粋な中国武藝の技術だけである。

ラファエル・マトゥーデは、私に武術を学び始め、すでに十数年になる。まだ私がベネズエラに住んでいた頃、螳螂拳や八極拳、八卦掌などを学んでいた。その後彼は内外の試合に積極的に出場し、徐々に名前を知られるようになり、武術家として確固たる名声を得た。彼は人格も優れ、積極的に学び、修行の辛さも怖れず、絶対負けないという強い精神力を堅持してきた。

1989年、ベネズエラ国家体育省は、ムエタイの一流選手数名をタイ国から招聘し、興行を行なった。試合は激烈を極め、センセーションを巻き起こしたが、彼らは、試合前にテレビに出演し、通訳を通して、「我々を試合で負かしてみろ」とベネズエラ武術界に挑戦状を叩きつけてきた。しかし試合は2日後に迫っており、試合後すぐ彼らは帰国してしまうと言う。準備の時間も無く、ムエタイのルールも知らない状態では、ベネズエラ武術界の名誉は守りきれないとこの挑戦に武術界の重鎮達は口をつぐんだ。しかし当時体育省の役員をしていた私は、黙っていられず、空港で彼らに宣言した。「数年後必ず私の弟子をタイに赴かせ試合に出場させる。」と。このときから私のムエタイに対する報復の計画が始まった。

1990年から92年まで私は、バルセロナオリンピックの警備関係者に指導するためスペインに滞在していた。1992年オリンピックが終わると私はアメリカに居を移し、武舘を開いた。このときから本格的にマトゥーデに散打の指導を開始した。

手始めに彼を92年にボストン、93年にマイアミで開催された国際試合に出場させてみるとすべてに優勝した。このことで私はかつて宣言したことを実行に移す時が来たと思い、94年ラファエル・マトゥーデを正式にバンコックに派遣し、ムエタイワールドチャンピオンシップに出場させた。この大会は、ムエタイと謳ってはいるが、全世界の武術、格闘関係者に門戸を開いており、出場者は非常に多い。試合方法はムエタイのルールに則り、防具は付けても付けなくてもよいことになっている。勝利者には賞金が与えられる。そしてこの94年の大会で私の弟子が、私の希望どおりに優勝した。95年、96年も連続出場し、連続優勝している。

私は多忙で試合を見に行くことはできなかったが、試合後私の前に姿を見せるとき、彼はいつも満身創痍で、試合の激しさを知らされた。マトゥーデは96年に優勝したことで、プロのムエタイのチャンピオンが、かつてこの大会で達成したという三冠の記録に並んだ。この頃から、大会主催者もさすがに焦りを感じ始めたようで、ムエタイの名誉を守るため、チャンピオンの座を奪回しようと必死になってきた。

97年ラファエル・マトゥーデは、今年は試合に参加するのを止めようと思うがどうかと私に相談してきた。私は、「三年連続優勝のタイ記録では何の意味もない。一番いいのは新記録を創ることだ。」と彼に言った。彼はこの一言で、再度大会に出場することを決心し、万一試合に敗れることがあってはならないと時間の許す限り私と生活を共にして学んだ。私は、螳螂拳の八肘拳の肘法と膝法の絶招を指導し、そして最も重要な八極拳の六大硬架式の貼身靠戦の絶招技法を苦練の末、身につけさせた。その結果97年も優勝し、チャンピオンの座についた。すでに4年連続優勝し、世界記録達成というべきであるが、なぜか大会主催者は、5年連続優勝しないと正式な世界記録として承認しないと言ってきた。

98年10月、5度目の大会出場を決意したラファエル・マトゥーデは再び私のもとを訪れ、二週間にわたって学び、5度目の優勝に向けて準備に余念がなかった。私は螳螂拳の分身八短の秘伝肘法一招と密肘の実戦用法および八極拳の発内勁二招を彼に詳しく指導し、闘いに望んで彼を守るだろう新しい絶招を身につけさせた。この3つの招式は、いまだかつて試合などに使われたことがないもので、マトゥーデは一片の疑いもなくそれを学び、12月中旬に、再度バンコックへ旅立った。この年の出場選手の数は例年になく多く、ラファエル・マトゥーデは幾多の強敵を打ち倒し、龍争虎闘の決勝戦も勝ち残り、ついに優勝を勝ち取った。

5年連続優勝の快挙で大会主催者もさすがに、八極螳螂門ラファエル・マトゥーデの世界記録樹立を認めざるを得なくなり、チャンピオンベルトと共に5年連続優勝を証明し称える楯を彼に授与した。こうして私のムエタイ打倒の悲願もついに達成されたのだ。

私がこの文章を書いたのは、単に八極螳螂拳の強さを誇りたいからではなく、中国伝統武術が、決して見た目がきれいだけの花拳繍腿でないことが証明されたことを日本の中国伝統武術愛好者に知らしめたかったからである。

現在中国武術界は、混乱の極みにある。一方では表演試合に勝つため套路に華麗さだけを求め、一方では套路を否定し功夫とはかけ離れた理屈で散打を語る。さらには様々な団体が、内輪で大会を開き勝った負けたのと一喜一憂している。また悪意を持って他門派を否定し、自画自賛をする輩もいる。中国武術を学びながら、自分の知らないできない発勁などの高等技術を否定し卑小化する破廉恥漢もいる。今こそ大同団結して中国伝統武術の優秀性を内外に示さなくてはならないときなのに、これでは中国武術の将来はお寒い限りだ。

いいかげん狭い中国武術の世界だけで、他者を気にして一喜一憂するのはやめようではないか。今こそ自己の信じる道を進み、世界の武術界、格闘技界に向け、中国武術ここにありと言う意地を示すときではないか。幸い現在はムエタイだけでなく、様々な世界の名を冠するオープントーナメントがあり、実力を試す機会はいくらでもある。日本の中国武術修行者の一層の奮起を望む。